*** 2004年7月14日(水)~10日目、神様は散歩もお好き ***

 朝7:30起床。ゴージャスな水回りとの別れを惜しんで朝風呂に入り、9:30にチェックアウト。倉敷を観光する間、荷物を預かってもらうことにした。

 倉敷美観地区へ向かおうとして、いきなり道を間違える。損害が少ないうちに誤りに気づき、無事大原美術館へ。本館・別館を観てから、アイビースクエアへ向かう。

 児島虎次郎記念館は本館・東洋館ともに大原美術館の共通券で入館できるが、本館もさることながら、この児島記念館が特にすごかった。先に入った東洋館には、古代ギリシア・オリエント・西アジア・中央アジアの考古物がずらりと並んでいた。記念館本館には、日本西洋近代美術の奇才の作品が目白押し。不勉強で児島の名を聞いたのは初めてだったし、もともと日本の西洋美術は「所詮猿真似、本場にはかなわない」というやや軽蔑気味の偏見たっぷりな視点で見てしまっていたので、それほど期待はしていなかったのだが、しかしすごかった。
 児島は芸大を二回飛び級してしまったうえ作品が宮内庁お買いあげになった稀有の人である。ベルギーへ留学して印象派の技法を身につけ、日本に戻ってきた。本人の絵もすごいが、彼が収集した西洋絵画が、日本の西洋美術館の草分けである大原美術館のコレクションの中核になったというのも、とてつもない業績だと思う。

 アイビースクエアでは、他にオルゴールミュゼに入って演奏を聴いた。静岡県浜松のオルゴール博物館にも行ったことがあるが、音は倉敷の品のほうが良かった。

 アイビースクエアを出て、古い街並みを見ながら山に登ろうと思ったのだが。
 道に迷った。

 「……要は、山に近づけばいいわけだ」

 わたしは開き直って、目前の山を目指してずんずん進んだ。
 しかしそこで衝撃の事実に出くわす。
 山違いだったのである。

 炎天下を一時間近くさすらったあげく、いきなり古い街並みに出た。
 「神様、あなたがついていながら(以下略)」
 わたしがまたブツブツ言うと、神様は気持ち良さそうに言った。
 「いやはや、良い運動をした。これは茶が美味だぞ」
 「……」
 確かにお茶はおいしかったが。

ギャラリーたけのこ村のハニワ  山に登る気力はもはやなく、古い街並みを少し歩き、店先のハニワが目を引く備前焼の窯元で母への土産を買い、荷物を受け取りにホテルへ戻った。
 この帰り道に初めて気がついたのだが、ホテル日航倉敷は美観地区入口のすぐ近くという好立地だった。迷わなければ。

 駅前に戻り、電車を待ってこの日初めての食事をし、岡山へ移動して予約していた駅近くのホテルに向かう。
 ここの宿は、前半・後半の旅を通して泊まった宿のうち、最も安く最もボロく最も汚い宿だった。何というか、最後の宿をここにして良かったと思う。東京に戻ってからの現実世界への階段になってくれたような気がする。
 もっとも、この宿の名誉のために一言付け加えておくと、ボロい・汚いといっても、掃除が行き届いていないとか、そういうわけではない。設備そのものが古くガタがきている、と言ったほうが適切だろう。その、大改装でもしない限り個人の努力ではどうにもならないような部分を、「オリジナルなおもてなしの心」でカバーしている。エレベーターや部屋には、これでもかというくらい感謝と慰労のメッセージがあり、また部屋にはうがい用の塩や空気を良くするという備長炭が置いてあった。コテコテだが手作りな感じがして、ほわっとあったかい気持ちになる。
 妙な感慨にふけりつつ、疲れていたので9時頃にはもう寝た。

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